「家では日本語で話しているし、日本のいとことも普通におしゃべりできる。なのに、日本の教科書を開くと固まってしまう」――「帰国子女 日本語できない 小学校」で検索するご家庭が最初にぶつかるのは、たいていこのねじれです。会話ができるからこそ、周りも本人も「日本語は大丈夫」と判断してしまい、つまずきの発見が遅れる。この記事では、「日本語ができない」を会話の日本語と学習の日本語に分けたうえで、低学年・中学年・高学年で困り方がどう違うか、そして帰国後の最初の3か月に家庭で何をやり、何をやらなくていいかを、文部科学省の資料で確認できる範囲で整理します。
「日本語ができない」には二種類ある。混ざると対策を間違える
まず言葉を分けます。ひとつは会話の日本語(生活言語)。友達と遊ぶ、先生に用件を伝える、といった場面の日本語です。もうひとつが学習の日本語(学習言語)。教科書を読む、説明文の要旨をつかむ、算数の文章題の条件を読み取る、自分の考えを文章で書く――授業が成り立つために必要な日本語です。同じ「日本語」でも、伸び方も伸びるスピードもまるで違います。
国の側もこの区別を前提にしています。文部科学省の「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」は、対象を「日本語で日常会話が十分にできない者」および「日常会話はできても、学年相当の学習言語が不足し、学習活動への参加に支障が生じている者で、日本語指導が必要な者」と定義しています。後半がまさに帰国したお子さんの状態です。会話が流暢であることは、学習言語が足りていることの証明にはならない――これが、この記事でいちばんお伝えしたい一点です。
言語教育の世界では、この二つはカナダの研究者ジム・カミンズが提唱したBICS(生活言語能力)とCALP(学習言語能力)という枠組みで語られてきました。一般には、会話の流暢さは新しい言語環境に入っておよそ2年ほどで実用的な水準に届く一方、学年相当の学習言語で母語話者に追いつくには少なくとも5年、一般には5〜7年ほどかかると言われます。年数は目安にすぎませんが、「会話が戻れば学習も戻る」という順番ではないことは押さえておいてください。

低学年・中学年・高学年で、つまずく場所がまったく違う
「小学生の帰国」とひとくくりにされがちですが、入る学年で難所が変わります。とくに効いてくるのが漢字の配当です。小学校学習指導要領の学年別漢字配当表では、1年80字・2年160字・3年200字・4年202字・5年193字・6年191字、卒業までに合計1,026字を学びます(平成29年告示。都道府県名に使う20字が加わり、1,006字から1,026字になりました)。3年生で一気に200字台へ跳ね上がる設計になっている点が、帰国のタイミングを考えるうえで実務的に重要です。
- 低学年(1〜2年):ひらがな・カタカナの定着と、音の聞き分け・書き分け。拗音(きゃ・しゅ)、促音(っ)、長音(おかあさん)、助詞の「は・を・へ」でつまずきます。音読が途切れる、字の形が崩れる、といった形で表に出ます。
- 中学年(3〜4年):漢字と語彙が急に増える時期。同時に、算数が文章題と「割合」「単位量あたり」へ、社会・理科が教科書語彙の世界へ移ります。計算はできるのに文章題だけ落とすのが典型のサインで、算数が苦手なのではなく問題文が読めていないことが少なくありません。
- 高学年(5〜6年):抽象語と説明文・論説文、そして記述。指示語・接続語をたどる、要旨をまとめる、根拠を挙げて自分の考えを書く――ここは会話の日本語がいくらできても自動的にはできるようになりません。テストの点だけを見ていると「勉強ができない子」に見えてしまうのが、この学年の怖いところです。
国語という教科の中で「できない」がどの層で起きているかの切り分けは帰国子女の国語「できない」を4つの層に分けるに、漢字の穴の埋め方だけを知りたい場合は帰国子女の漢字――1,026字の追いつき方にまとめています。高学年で中学受験も視野に入るご家庭は、帰国子女枠の中学受験の条件と日程もあわせて逆算してください。

| 低学年(1〜2年) | 中学年(3〜4年) | 高学年(5〜6年) | |
|---|---|---|---|
| つまずきやすい場所 | ひらがな・カタカナ、拗音・促音・長音、助詞。漢字は年80〜160字 | 漢字が年200字・202字に増加。抽象語彙、算数の文章題、教科書語彙 | 説明文・論説文、要旨と記述、指示語・接続語。漢字は累計1,026字 |
| 見えやすいサイン | 音読が途切れる、字の形が崩れる、聞き返しが多い | 計算はできるのに文章題を落とす、宿題に時間がかかりすぎる | 記述が空欄、感想が一言で終わる、テストの点だけが下がる |
| 学校の支援の届き方 | 担任が気づきやすく、学級内の支援も入りやすい | 「学力の問題」と受け取られやすく、日本語の問題と結びつきにくい | 会話が流暢なため、支援の対象と見なされにくい |
| 家庭でやること | 毎日の音読と、日本語での会話量の確保 | 教科書の音読+出てきた語の意味確認。漢字は読み先行 | 説明文の音読と要約を口頭で。書くのはその後 |
| 追いつくまでの目安 | 会話は比較的早い。文字の定着に数か月〜 | 語彙と漢字の穴埋めに年単位を見込む | 学習言語は一般に5〜7年と言われ、伴走が最も要る |
公立小学校で受けられる支援と、体制の差という現実
制度としては、公立小学校で日本語の取り出し指導を受ける道があります。学校教育法施行規則の改正により平成26年4月1日から、日本語に通じない児童生徒に対して「特別の教育課程」を編成・実施できるようになりました(同規則第56条の2)。在籍学級以外の教室で、日本語の能力に応じた指導を行う仕組みで、告示では授業時数を年間10単位時間から280単位時間までを標準としています。文部科学省が示す対象の説明には「海外から帰国した児童生徒」が明記されており、日本国籍であることは対象外の理由になりません。実際、令和7年度の同調査でも、日本語指導が必要とされた公立学校の児童生徒84,759人のうち11,446人が日本国籍です(外国籍は73,313人。調査時点は2025年5月1日、公表は2026年5月25日)。
ただし、制度があることと、お子さんの学校で受けられることは別です。同じ令和7年度調査では、日本語指導が必要な児童生徒が1人以上在籍する公立学校は全体の39.4%で、その一方で28校は100人以上を抱えています。担当教員がいて曜日ごとに取り出しがある学校もあれば、「加配がないので学級の中で見ます」で終わる学校もある。体制の差は自治体・学校の単位で生まれるので、転入前に教育委員会と学校の両方に確認するのが現実的です。
なお、制度の細かい仕組み――誰がどう判断するのか、どんな指導形態があるのか、何が限界なのか――は帰国子女の日本語指導:公立で受けられる支援とその限界で詳しく扱っています。この記事はあくまで「小学校の学年別の困り方」と「最初の3か月」に軸を置きますので、制度そのものを調べたい方はそちらをご覧ください。転入手続きの流れ自体は海外からの転校手続き、編入のタイミングと必要書類は帰国子女の小学校編入にまとめています。
最初の3か月、やること/やらなくていいこと
帰国直後のご家庭がいちばんやりがちなのが、書店で学年別のドリルを一式そろえて、放課後にまとめてやらせることです。ただ、最初の3か月にいちばん効くのは、音読と会話の量です。学習言語は「文字で入って意味が通る」経験の総量で伸びるからです。具体的には、教科書(国語だけでなく社会・理科も)を毎日10分ほど声に出して読む、意味が取れなかった語だけをその場で確認する、そして今日の授業で何をしたかを日本語で説明させる。この3つを回すだけで、中学年以降の文章題の落ち方はかなり変わります。
逆に、急がなくていいことも挙げておきます。漢字を何十回も書き写す反復は、読めない漢字を書かせても定着しにくいので、まず読み先行で構いません。ドリルの一斉購入も、どこに穴があるか分からないうちは高い確率で無駄になります。学年を大きく下げることも、日本語の遅れだけを理由に安易に選ぶと、本人の自己評価や友人関係に影響が出ます。そして最初のテストの点で判断しないこと。帰国直後の点数は、学力ではなく日本語の通過率を測っているだけです。
もうひとつ。学習より先に見てほしいサインがあります。朝の支度が遅くなる、腹痛を訴える、学校の話をしなくなる――日本語のつまずきは、しばしば行き渋りという形で先に表に出ます。この兆しが見えたら、ドリルはいったん脇に置いてください。対応の順番は帰国子女の不登校・行き渋り(小学生)にまとめています。まだ帰国前で手を打てる段階なら、駐在中の国語は帰国後に間に合うかのほうが順番として先です。

私たちが担わないことと、担うこと
先に、担わないことを正直に書きます。ともだちじゃぱんは、学校の取り出し指導の代わりにはなりません。指導要録や在籍学級に関わることは在籍校の領域です。志望校別の受験対策も、帰国生を長く見てきた塾や予備校のほうが確実です。行き渋りが出ているときの居場所づくりは、まずスクールカウンセラーや自治体の教育支援センターが本筋だと考えています。
そのうえで私たちが担うのは、この記事でずっと書いてきた学年相当の国語/日本語――読んで、考えて、書く土台のほうです。運営母体は、国内最大級のオルタナティブスクール「NIJINアカデミー」を運営する株式会社NIJIN。講師は採用合格率およそ2%の選抜を通った今の日本の教室を知る現役水準の教員で、教科書のどこで学年の壁が来るかを体で知っています。授業は8人制の少人数クラス、そこには日本に住む同世代の仲間がいます。家庭学習が続かない理由はたいてい「勉強だから」ですが、話したい相手がいると続きます。料金は通い放題で月額定額です。
まずは今の学年とのギャップを確認したい方へ。1分でできる学年相当・国語力チェック(無料)で、お子さんの「学年の穴」の目安がわかります。海外での国語・日本語の続け方は海外駐在×子どもの国語・日本語 完全ガイドにまとめています。

よくある質問
会話は普通にできます。それでも「日本語ができない」に当たりますか?
当たり得ます。文部科学省の調査の定義は、「日本語で日常会話が十分にできない者」に加えて、「日常会話はできても、学年相当の学習言語が不足し、学習活動への参加に支障が生じている者」も対象に含めています。家では日本語で話せるのに教科書の説明文が読めない・記述が書けないという状態は、後半にはっきり当てはまります。会話が流暢だと学校側も見落としやすいので、担任に相談するときは「会話はできますが、教科書の日本語で困っています」と具体的に伝えると話が通りやすくなります。
日本国籍でも、公立小学校の日本語指導は受けられますか?
制度上は受けられます。学校教育法施行規則第56条の2は対象を「日本語に通じない児童又は生徒」としており、国籍による線引きをしていません。文部科学省が示す対象の説明にも「海外から帰国した児童生徒」が挙げられています。実際、令和7年度の調査でも、対象とされた公立学校の児童生徒84,759人のうち11,446人が日本国籍でした。ただし実施するかどうかは学校・設置者の判断で、対象児童生徒が1人以上在籍する公立学校は全体の39.4%にとどまります。転入前に学校と教育委員会に直接確認してください。
帰国前に、漢字ドリルで先取りさせておくべきでしょうか?
全部やらせる必要はありません。小学校で学ぶ漢字は6年間で1,026字(1年80字・2年160字・3年200字・4年202字・5年193字・6年191字)ですが、抜けている学年の書き取りを一気に埋めようとすると、たいてい途中で止まります。優先順位をつけるなら、まず読みです。教科書が読めれば授業に参加でき、参加できれば語彙が入ります。書きは、学校で扱う学年の分から追いかければ間に合います。
低学年なら、放っておいても日本語は追いつきますか?
会話は比較的早く追いつきます。一般に、会話の流暢さは新しい言語環境でおよそ2年ほどで実用的な水準になると言われます。ただし学習言語は別で、学年相当まで追いつくには少なくとも5年、一般には5〜7年ほどと言われます。低学年で帰国した場合の落とし穴は、会話が早く戻るぶん周囲が安心してしまい、中学年で漢字と語彙が急増する時期に一気に苦しくなることです。低学年のうちは「音読と会話」を切らさないことが、そのまま3年生への備えになります。
テストの点が低いのですが、学年を下げて編入すべきでしょうか?
帰国直後のテストの点は、学力ではなく日本語の通過率を測っている場合がほとんどです。まずは、算数の計算はできるのに文章題だけ落ちていないか、内容は分かっているのに記述だけ空欄になっていないかを見てください。そこが分かれ目です。学年を下げる判断は本人の自己評価や友人関係にも影響するので、日本語の遅れだけを理由に急がないほうが安全です。運用は自治体・学校ごとに異なるため、編入先の候補が決まっているなら事前に相談を。

