一時帰国のあいだ、子どもを日本の小学校や中学校に短期間だけ通わせた。最終日が近づいてくると、多くのご家庭が同じことを検索します。「一時帰国 体験入学 お礼」。担任の先生に何を渡せばいいのか、クラスの子たちにお菓子を配ってもいいのか、菓子折りは失礼にならないのか。海外にいるあいだに日本の作法の感覚が薄れていて、判断がつかない——そういう迷いは、実際にとても多いのです。
先に結論を書きます。公立学校の先生は、金額の大小にかかわらず、保護者からの品物を受け取れない立場にあります。これは先生個人の遠慮や気遣いではなく、各自治体が職員に課している規律です。そして意外なことに、その規律の根拠は「地方公務員法に贈与を禁じる条文があるから」ではありません。少しややこしいので、公開されている文書にあたって順番に確かめていきます。

その前提として、体験入学は「国の制度」ではない
お礼の話をする前に、押さえておくと迷いが減る前提があります。文部科学省は、海外から一時帰国する家庭向けのFAQ(2020年5月1日付)で、こう書いています。
いわゆる「体験入学」は国の制度としては存在しておらず、正規の編入学とは違い、各教育委員会の裁量によって実施されているものです。「体験入学」を実施していない教育委員会もあれば、実施していても期間や条件が違う場合もあります。
文部科学省「海外から一時帰国中又は一時帰国を予定しているお子様の保護者向けお問合せに寄せられたFAQ」(2020年5月1日付)
つまり受け入れは、法律で保障された権利ではなく、教育委員会と校長の判断で成り立っています。実際、芦屋市は体験入学の定義そのものを「住民登録を行わないまま滞在し、正規の就学手続をせずに公立小・中学校へ一時的に通学すること」と書いていますし、鎌倉市や相模原市は「体験入学は正式な就学ではありません。このため、条件や状況等によりお断りする場合があります」と、断る可能性があることを先に明示しています。
「お礼をしないと失礼ではないか」という不安の正体は、たぶんここにあります。制度として当然に与えられたものではなく、誰かが判断して受け入れてくれた——その感覚は、正しいのです。ただ、だからといって物で返す道は開いていません。そこがこの記事のいちばん伝えたいところです。
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先生が受け取れないのは、遠慮ではなく規律だから
公立学校の教職員は地方公務員です。ここでよくある誤解を先に潰しておきます。地方公務員法そのものには「贈与を受けてはならない」という条文はありません。あるのは第33条の信用失墜行為の禁止(「職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」)といった一般的な規定までです。「地方公務員法で禁止されている」と説明している解説記事は少なくありませんが、条文にあたると、そう単純ではありません。
実際に贈与を禁じているのは、刑法の収賄罪と、各自治体が独自に定めた職員倫理条例・服務規程・教育委員会の指針という二階建ての構造です。京都府教育委員会が教職員向けに配っているコンプライアンスハンドブックは、関係法令として刑法第197条(収賄)を掲げ、「その職務に関して賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をすることにより成立する収賄罪は、刑法上の『汚職の罪』に該当するとともに、地方公務員法上の懲戒処分事由にも該当します」と説明しています。
そして、保護者を「利害関係者」として名指ししている自治体があることです。東京都教育委員会が全教職員に配布している冊子には、利害関係者の定義に「児童・生徒、保護者」がはっきり含まれており、「どのような場合であっても、利害関係者と一緒に会食等をしたり、タクシー等に乗ったり、金品を受け取ったりしてはいけません」と書かれています。京都府のハンドブックも「名目を問わず、業者、保護者等からの金銭、贈答品、接待や便宜供与を受けないように徹底すること」と、保護者を明記しています。
ただし、ここは都道府県によって整理が違います。大阪府教育庁の綱紀保持Q&Aは「生徒や保護者は一般には利害関係者に該当しません。ただし、懲戒や修了認定などを判断する過程においては、当該生徒等は利害関係者となることがあります。」と答えています。和歌山県教育委員会も、児童・生徒の保護者を利害関係者には含めない一方で、社会通念上相当と認められる程度を超える物品の贈与は禁止としています。「保護者からの品物は全国どこでも一律に違反」とまでは言えません。ただ、どの整理でも先生の側に「受け取ってよいか」を判断する負担が生まれることは変わらず、東京都や京都府のように明文で受け取らない地域もあります。
「これくらいなら」が通用しない理由は、実例が示している
では、いくらまでなら大丈夫なのか。京都府のように、下限を置いていない地域があります。京都府教育委員会は求められる対応として「金額の多少に関わらず、贈答品等を受領しないこと。万一、受領した場合は、直ちに返却等の措置をとること」と書いています。さらに「転任等に際しての餞別等は、理由の如何に関わらず受領しないこと」とも。別れ際だから、という理由も通りません。
これが建前ではないことは、千葉県教育委員会が公開している令和6年度のガイドラインに載っている実例でわかります。部活動の顧問が、スポーツ用品販売業者から800円のソックス1足の提供を受け、千葉県職員倫理条例違反(利害関係者から物品の贈与を受けること)と認定されています。ガイドラインは原因の一つとして「『安価なプレゼントは贈与に当たらないだろう。』と考えるなど、禁止行為に関する見識が不足していた」と書いています。
金額の線引きが出てくるのは、禁止ラインではなく報告義務のラインのほうです。千葉市の職員倫理条例は、事業者等からの贈与等が「1件につき5,000円を超える場合」に14日以内の報告書提出を求めています。つまり5,000円以下ならよい、という意味ではまったくなく、超えたらさらに手続きが増えるという話です。
新潟県の上越教育事務所が教職員研修で使っている資料は、いっそう率直です。教材業者からの食事券について「受け取ってはいけません」としたうえで、「保護者からも同様です。刑事罰に科せられる可能性もあります」と書き添えています。断るのは先生の気遣いではなく、断らなければ先生の側が処分の対象になる、という構造なのです。

では、手紙や寄せ書きならいいのか
ここは正直に書きます。「手紙なら受け取れます」と明記した学校や教育委員会の公式文書は、調べた範囲では見つかりませんでした。断定して背中を押すことはできません。
確認できたのは条文の構造だけです。国家公務員倫理規程第3条第1項第1号が禁じているのは「金銭、物品又は不動産の贈与(せん別、祝儀、香典又は供花その他これらに類するものとしてされるものを含む。)」であり、大阪府の綱紀保持基本指針も「金銭、物品、不動産の贈与を受けること」を挙げています。禁止として列挙されているのは、いずれも財産上の利益です。子どもが書いた手紙や、クラスで作った寄せ書きは、その列挙のどれにも当てはまりません。
ですから現実的な進め方はこうなります。物は用意しない。渡したい気持ちは、子ども自身が書いた手紙という形にする。そのうえで、渡してよいかを事前に担任の先生か学校に一言たずねる。聞かれて困る先生はいません。むしろ、学校ごとの決まりがある以上、聞くのがいちばん確実です。
クラス全員へのお土産は、善意でも決まりに触れることがある
「先生には渡せなくても、仲良くしてくれた子たちに何か」と考える方は多いと思います。ここにも落とし穴があります。
佐賀県の小城市立芦刈観瀾校が保護者向けに出している生徒指導だよりには、こう書かれています。
まずは、「学校にお菓子を持ってこない」ということを子どもとご確認ください。また、気になられる方もいらっしゃるかもしれませんが、「お土産」についてです。「お土産などは買ってこない」というのが本校のきまりです。食物アレルギーへの対応という観点からも、特に菓子等のお土産についてはご遠慮いただきますよう、ご理解をお願いします。
小城市立芦刈観瀾校「PSJ通信」第2号(2016年12月22日)
理由がはっきり書かれているのが大きいところです。マナーの問題ではなく、食物アレルギーです。
埼玉県教育委員会の『学校における食物アレルギー対応マニュアル【6訂】』(令和5年2月)は、注意点として「児童生徒間での弁当やお菓子のやりとりに注意し、おやつや飲み物・自由行動中の飲食についても注意する」と明記しています。さらに踏み込んで言えば、同マニュアルの事故報告様式には、発生原因の選択肢としてあらかじめ「本人が、他の児童生徒からもらったり、交換したりした。」が用意されています。子ども同士の食べ物の受け渡しは、行政の側が「様式に印刷しておくべき事故原因」として想定している水準のリスクなのです。
ここでも正確を期すために書いておきます。文部科学省の「学校給食における食物アレルギー対応指針」(平成27年3月)を全文あたりましたが、外部から持ち込まれる食品や菓子の配布についての記述はありませんでした。同指針は給食の提供体制と調理の話に限定されています。持ち込みを制限しているのは国ではなく、自治体のマニュアルと各学校の決まりです。だからこそ、学校によって答えが違います。配りたいときは、事前に担任へ確認してください。

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お礼より先に、払うべきものが決まっている
見落とされがちなのですが、体験入学には実費の負担があります。そしてこの負担の理由も、「体験入学は在籍ではない」という一点から出ています。
象徴的なのが教科書です。文部科学省の同じFAQには、こうあります。
体験入学の児童生徒を対象とした教科書の無償配布は行っていませんが、編入学を対象とした無償配布は行っています。
文部科学省・前掲FAQ
義務教育といえば教科書は無償、というイメージがありますが、体験入学はその枠の外にいます。大阪府茨木市も「教科書はお渡しできません」と書いていますし、大阪府吹田市は「教科書、ノート、筆記用具は保護者が用意」とし、しかも「購入した教科書が不要になった場合も教科書代の返金はできません」と念を押しています。
成績についても同じです。吹田市は「体験入学期間中の成績の評価はしません。通知表や卒業証書のお渡しはありません」と明記しています。青森県十和田市は「正式な在籍ではないため、教科書無償給与の対象外となります」、千葉県流山市は「1カ月未満の体験入学は正式な就学として取り扱わないため、在籍とはなりません」。福岡市にいたっては、教科書無償給与・給食費無償化・就学援助制度のいずれも対象外としています。
一方で、2026年度から状況が変わった部分もあります。文部科学省の「学校給食費の抜本的な負担軽減」が令和8年(2026年)4月から始まり、公立小学校の給食費について、国が自治体の食材購入費を支援する仕組みができました。仙台市の仮入学の案内も「小学校および特別支援学校小学部の給食費は無償」と注記しています。ただしこれは「個人に対して学校給食費を給付するもの」ではなく自治体への支援であり、在籍していない体験入学の子に適用されるかどうかは自治体の判断になります。中学校は対象外です。滞在先の教育委員会に必ず確認してください。
| 自治体 | 期間 | 教科書 | 災害共済給付(けがの保険) | 費用について書かれていること |
|---|---|---|---|---|
| 吹田市 | 概ね1か月以内 | 保護者が用意・返金不可 | 任意加入できる(年額460円) | 給食費・教材費など全額保護者負担/成績評価・通知表・卒業証書なし |
| 仙台市 | 2か月間が限度 | 教科書代は全額保護者負担 | 記載を確認できず | 教科書代・給食費・物品代等は全額保護者負担/小学校の給食費は無償 |
| 茨木市 | 1か月超・行事期間は不可の場合あり | お渡しできません | 記載を確認できず | 教材費・給食費などすべて保護者負担/事故やけがの治療費も保護者負担 |
| 茅ヶ崎市 | 原則2週間まで/年度内1回/中3は対象外 | 原則として個人で用意 | 加入できないため医療費は自己負担(旅行保険等を推奨) | 給食費自己負担/4〜5月・2〜3月は受け入れ不可 |
| 宝塚市 | 長期休業等の一時帰国時 | 教科書費は自己負担 | 加入をお願いします | 給食費・教科書等は自己負担/結核高まん延国に3年以内に6か月以上居住なら事前検査 |
| 三鷹市 | 21日間以上(長期休業を含まない) | 受け取りに時間を要する場合あり | 記載を確認できず | 教材費等は自己負担/ホテル・ウィークリーマンションは滞在先として認められない |
つまり、お礼として何かを渡すより先に、給食費・教材費・教科書代・保険料といった実費をきちんと納めることが、学校にとってはよほど確実な助けになります。締切のある集金に遅れないこと。これは誰にも断られません。

お礼状を出すなら、実務として知っておきたいこと
帰国後に海外から手紙を出したい、という方もいます。ここも調べた範囲を正直に書くと、宛名を校長にすべきか担任にすべきか、といった作法を定めた公的な文書は見つかりませんでした。決まりがないので、お世話になった相手に素直に出せばよい、というのが実際のところです。
郵便のほうは日本郵便が公表しています。日本から海外へ出す航空便の定形の手紙(25gまで)は、第1・第2地帯(中国・韓国・台湾およびその他のアジア)が120円、第3地帯(オセアニア・北米のうち米国を除く・中近東・ヨーロッパ)が140円、第4地帯(米国。グアム等の海外領土を含む)が140円です。50gまではそれぞれ190円・220円・220円。定形は重量50gまでで、超えると定形外になります。
意外に間違えやすいのが地帯区分で、米国は第3地帯ではなく第4地帯という独特の切り方になっています。また日数について日本郵便は「表中の日数は…配達に要する『標準日数』であり、配達日数そのものを確約するものではありません」と明記しています。土日祝や航空機の遅延で伸びます。お子さんが日本にいるうちに、手書きの手紙を直接渡すほうが、確実で、たぶん喜ばれます。
いちばん喜ばれるお礼は、たぶん「その後」です
短い期間でも子どもを預かった先生は、その子がこのあとどうなるかを気にしています。夏に2週間だけ日本の教室にいて、それから飛行機に乗って、また日本語を使わない毎日に戻っていく。多くの駐在家庭が、そこで一度途切れます。
体験入学がうまくいった家庭ほど、帰った直後に同じことを感じます。「日本語で友達と話しているときの顔が、いちばん良かった」。そして数か月経つと、その顔を見る機会がまた無くなっていることに気づきます。体験入学は、日本語を続ける入口としてはとても良いのですが、出口が用意されていません。年に一度の2週間では、学年相当の国語は積み上がりません。
ともだちじゃぱんは、その「続き」をつくるためのオンラインスクールです。日本の現役水準の教員が、8人の少人数クラスで学年相当の国語を教えます。そして同じクラスに、同じように海外で育っている日本の同世代がいます。年に一度会う友達ではなく、毎週会って話す相手をつくることが目的です。体験入学で「日本語で話すのは楽しい」と分かった子ほど、その先が続きます。
体験入学そのものの手続きは一時帰国の「体験入学」完全ガイドに、受け入れてもらえるかどうかの自治体差は一時帰国の小学校の受け入れ、市でこんなに違うにまとめています。断られないか心配な方は一時帰国の体験入学は迷惑?学校が公開している「断る条件」を読むもあわせてどうぞ。
よくある質問
担任の先生に菓子折りを渡したら、受け取ってもらえますか
地域によっては受け取れない立場にあります。東京都教育委員会は利害関係者に「児童・生徒、保護者」を明記したうえで「金品を受け取ったりしてはいけません」としており、京都府教育委員会は「金額の多少に関わらず、贈答品等を受領しないこと。万一、受領した場合は、直ちに返却等の措置をとること」としています。一方で大阪府教育庁は「生徒や保護者は一般には利害関係者に該当しません」としており、扱いは都道府県で異なります。どちらの地域でも、先生に判断や断る負担をかけないためには、用意しないのが親切です。
1,000円くらいの品物でも駄目なのですか
京都府教育委員会は「金額の多少に関わらず」受領しないとしており、下限を置いていません。千葉県教育委員会が公開している事例では、部活動の顧問がスポーツ用品販売業者から800円のソックス1足の提供を受けたことが職員倫理条例違反と認定されています(相手は保護者ではなく業者です)。同ガイドラインは「安価なプレゼントは贈与に当たらないだろう」という考えを、原因として名指ししています。
クラスの子たちにお菓子を配るのはどうでしょうか
学校によります。小城市立芦刈観瀾校のように「『お土産などは買ってこない』というのが本校のきまりです」と、食物アレルギーを理由に明文で断っている学校が実在します。埼玉県教育委員会のマニュアルも児童生徒間の食べ物のやりとりに注意を促しています。配る前に必ず担任へ確認してください。文房具などの食品以外でも、学校の決まりがある場合があります。
手紙や寄せ書きなら渡せますか
「手紙なら受け取れる」と明記した公的な文書は見つかりませんでした。確認できるのは、禁止として列挙されているのが「金銭、物品又は不動産の贈与」=財産上の利益であり、手紙はその列挙に含まれない、という条文の構造までです。渡す前に担任へ一言たずねるのが確実です。
体験入学中の費用は、どのくらいかかりますか
自治体によって差がありますが、共通しているのは給食費・教材費・教科書代が原則として全額保護者負担という点です。加えて災害共済給付の掛金(吹田市は任意加入で年額460円)が必要な自治体もあれば、茅ヶ崎市のように加入自体ができず医療費が自己負担になる自治体もあります。2026年4月からの国の負担軽減で公立小学校の給食費の扱いは変わりつつありますが、体験入学の子に適用されるかは自治体の判断です。申込のときに必ず確認してください。
お礼はいつ、どのタイミングで伝えるのがいいですか
最終日に、お子さん本人から直接伝えるのがいちばん確実です。海外から後日手紙を出す場合、日本郵便の定形25gまでの航空便は米国宛で140円ですが、標準日数は確約ではありません。滞在中に手渡せるものは手渡してしまうほうが、確実に届きます。



